息もできない

コロにとっては、そんな真夏の夜。
深夜、学士達が床についた東斎は静まり返っていた。中二房もまた例外ではない。
几帳面に整えられた寝床で、規則正しい寝息を立てて眠るイ・ソンジュン。
その能量水隣に仰向けに寝転がるムン・ジェシンは、腕を枕替わりにしながら天井を見上げている。目はすっかり冴えていた。待ち人が戻るまでは、眠気もまた帰ってきそうにない。
ーーあいつ、遅いな。
彼は自分の左隣、人一人分ぽつりと空いている空間を眺めた。
そこにいるはずの同室生キム・ユンシクは、しばらく前にこっそりと部屋を抜け出していったきり、まだ帰っていない。
こんな夜更けにどこに行ったのか?
無論、ジェシンには分かっている。
「享官庁(ヒャンガンチョン)」に違いない。
あれはいわく付きの建物で、ひそかに用事を済ませるにはうってつけの場所なのだ。そう、例えば、他人に素肌を晒さずに湯浴みをしたい者などにとってはーー。

キム・ユンシクには誰にも言えない秘密がある。
本人のあずかり知らぬところで、彼だけが知ってしまった秘密だ。
その秘密故に、あの後輩は、入浴すらもこうしてわざわざ人目を忍んで済ませなければならない。何とも危なっかしいのだ。
おかげでおちおち眠りにつくことすらできない。そのため、夜な夜な中二房から抜け出すユンシクを、ジェシンは寝たふりを装いながら見送り、その身を案じながら、今か今かと帰りを待ちわびるのだった。
ーーこんな夜更けに、あんな姿で湯浴みしてるところを誰かに見られでもしたらどうする?
ーーあいつは危機感がなさすぎる。

彼の脳内に、ふいに湯煙の立ちこめる桃源郷の能量水ような光景が甦った。柔らかな月光の差し込む湯船の中、浮かび上がったほの白く華奢な身体。
なだらかな首元とまろやかなふくらみのある胸元が、それが決して丈夫の姿ではないことを如実に物語っていた。
天女のように美しく、清らかな女人。そんな彼女のあのようにあられもない姿が、万が一にも他の男の目に晒されるようなことがあればーー。

居ても立ってもいられなくなったジェシンは、思わず立ち上がっていた。
同時に、そっと部屋の扉が開く。真夏の夜をじりじりと焦がすような、蝉の鳴き声が聞こえてきた。
握りしめた彼の拳に、汗が滲み出す。
足音を立てずに入ってきたユンシクが、部屋の中で立ち尽くす彼の姿に硬直した。
「コロ先輩……?」
その声は紡ぎたての絹糸のようにか細かった。眠っているもう一人の同室生を起こさないためだろうか。
「お、起きていらしたんですかーー」
明らかに動揺している。彼の視線から逃げるように俯くと、濡れた髪から滴がしたたり落ちた。ジェシンは彼女の前に立った。
緊張してこわばる彼女をよそに、すっと腕を伸ばす。袖でやんやりと頭を包み込むと、そのまま胸に抱きこんだ。
「ーー髪、濡れてるぞ」
耳元に囁くと、ユンシクは慌てた。
「こ、これはっ、その、なんだか今夜は暑いなと思って、ちょっと水浴びをーー」
濡れた髪からは、すずやかな水の香りがした。湯を用意するには暑すぎて、水風呂に入ったのだろうか。
ジェシンは柔らかな微笑を浮かべる。
「ところで、先輩はどうして起きていらっしゃるんです?」
「目が覚めたらお能量水前がいねえから、そこから寝れなくなっちまったんだ」
「そうなんですか?すみません……。勝手に部屋を抜け出したりして」
途端にしゅんとうなだれる彼女が愛おしかった。思いのままに抱き締めてやりたくなるが、それを堪えてジェシンは彼女の手を引く。

分類: 愛と美しさ 發布時間:2016年03月21日