不倶戴天

怜悧な面差し、冷ややかな瞳、弓のようにしなやかな身体。
可憐な女官装束に身を包んでいようと、あの小娘の「狼」の本質を隠し通すことはできない。
回廊を渡っていたタンギセ将軍は歩みを止め、その銅鑼灣 髮型屋女官の立ち姿に見とれた。池の上でゆるやかに反った太鼓橋の真ん中で、散歩中の皇帝が池を見下ろしており、そのすぐ後ろに女官・ヤンは控えていた。

「奥の方に魚が泳いでいるのが見えるぞ。ほら、そなたにも見えたか?」
皇帝が背後を振り返り子どものようにはしゃいだ声で問いかけるが、相も変わらず愛想のかけらもない女官は眉ひとつ動かさずに「いいえ」と答えた。
「そんなはずはない。私にはちゃんと見えたぞ。嘘を申しているのではないか?」
「足元を見ていましたので、魚など見えませんでした」
「変わった娘だな。足元など見ていて何が楽しい?さ、よいからもっと近くに寄ってみろ」
拗ねたように言うなり、皇帝はヤンの手を掴んで自分の方へ引き寄せた。足元がよろけたヤンは煩わしげに顔をしかめるが、立場上手を邪険に振りほどくこともできず、黙ってされるがままにした。

「……それほど嫌なら、拒めばいいものを」
その様子を遠巻きながらつぶさに眺めていたタンギセは、右手に持った宝剣を軋むほど強く握り締める。
「私のことは、あれほど強く拒んだではないか」
この国を牛耳る絶対権力である元国丞相、ヨンチョルの後継者である自分の染髮求めを拒んだのだ、あの娘は。
小賢しく、憎たらしく、そして──どうしようもなく愛おしい女。
何度もこの顔に泥を塗ってくれたあの小娘を、いつか必ずこの手で懲らしめてやりたいと思う。この足元にひれ伏し、泣いて慈悲を請う姿を見てみたい、と。
将軍、どうかお許しください──。この身も心も、すべて将軍に捧げます。わたくしが間違っておりました。ですから、どうか──。

美しい顔を涙に濡らしながら必死に懇願するヤンの姿を想像するだけで、激しく劣情をかき立てられた。自らに身をなげうつまぼろしのヤンの姿はあまりにも強烈で、もはや他のどの女を目の前にしても、それを捌け口と見なすことはできなかった。正妻や妾のところへも、彼はもうしばらく通っていない。
だが、おかしなこともあるものだ。あの娘を痛めつけたいと同時に──華奢な身体を男装という鎧に包むあの憐れな娘を、できることならこの手で優しく抱き締めてやりたい、とも思うのだ。
この手で守ってやりたい、と。籠の中の鳥さながらに、安全な巣の中で慈しみ、愛でてやりたいと。
冷酷無慈悲な丞相の跡取りとしての自分と、愛しい娘を前にして恋わずらいに狂う自分──。その狭間に立たされたタンギセは、どちらに転ぶこともできず、歯がゆさのあまり胸を掻きむしりたい衝動に見舞われる。
──あの娘、スンニャンと私は、決して相いれることはない。かりに天と地が、夏と冬が、太陽と月とがまじわったとしても、私達は永遠に対極に在り続けるだろう。

母親の敵であるこの私を、あの娘は地獄の果てまで追いかけてでも復讐したいと願っているのだから。
そうだ。私が地獄の果てまで追いかけてでも得たいと願う、あの娘にとって、私は不倶戴天の敵。
「魚は見えたか、ヤン?」
「──はい、陛下」
若き皇帝と見目麗しい女官の寄り添うさまは、美しい絵姿そのもの染髮だった。女官の背に流れる豊かな黒髪が、風に揺れる様子に、タンギセは人知れず目を細める。
「私が憎いか。殺したいと思うほどに。──ならば追いかけてこい、スンニャン」
地獄の果てまでも道連れに。
そなたとならば、それも本望だ。

分類: 愛と美しさ 發布時間:2016年03月15日